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平成28年5月31日。暖かい陽気の中、ある中華料理店が最後の営業を開始した。11時15分にシャッターが開き、近くの会社の常連客たちと共に入店。

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先に正直に言っておくと僕はこの店の常連ではない。それどころか昨秋に一度来たことがあるだけで、今日が二度目だ。だからこの店に対して特別な思いは一切ない。だけども店が終わる日というのは何か独特な空気が流れていて好きだ。客が引っ切り無しに来てすぐに満席になった。店のおばちゃんと話しているのを見るとみんな常連客のようだ。おばちゃんは「(最終日だけど)泣かずに笑って営業するよ」とちょっと感傷的だったり、外待ちのグループ客のために席を空けようとする常連客がいて「××さん、いいよ、いいよ。」と厨房からおじちゃんが声をかけたり。

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ところで小松亭といえばジャージャーメンが有名だ。インターネットの画像検索で「小松亭」と調べてもやはりジャージャーメンが真っ先に出てくる。だからこの店のことをよく知らない僕はそれが名物だと思って最後に食べる気でいたのだが、他の人の注文を聞いているとジャージャーメンは一切出てこなかった。肉ニラいため、カツ丼、からしねぎラーメン、餃子・・・相席になったとなりのご婦人はやきそば。まるで小松亭のメニューで山手線ゲームをしているかのように思い思いのものを頼んでいた。そうだよな、好きなものを食べればいいのだ。

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「五目そば」630円
というわけで食べたのは五目そば。まず僕はナルトがとても好きである。別に味が好きなわけではないが、丼に一枚入っていると何だかウキウキするのだ。

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そして淡色のスープにキャベツ、筍、椎茸、海老、チャーシュー、人参の各色が映えて、絵はがきのように美しい。となりのご婦人はこの店の経理をやっていた人らしく、いろいろな話を僕にしてくれた。閉店の理由は体力の衰えと張り紙に書かれていたが実はいろいろあるらしい。

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色とりどりの具をどかして出てきた麺はやわやわでやや縮れた麺。となりの醤油味の焼きそばを食べているご婦人と時々会話をしながら丼の中身をたいらげていく。次第に僕がこの店にいられる時間が刻一刻と減っているのを感じ急に感傷的になってきた。麺を食べ終わった僕は少しでも長く店にいたいがために残すつもりだったスープを飲み始める。しかしそのスープもやがて底をつき諦めて会計を済ませ店を出た。

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外で写真を撮っていると「最後だから写真撮ってるの?」と背の高い男が話かけてきた。店の最終営業日だということを聞きつけて遠方から来たそうだ。「昔、八王子に住んでてさ、とん八は食いそびれたから小松亭は絶対来ようと思って」と続けた。僕は2ヶ月前のとん八の最終日に行ったことを告げ、自分のブログに載せた閉店時の張り紙の画像を見せた。「昭和38年か・・・俺が1歳のときだ」と男は笑った。とん八は52年、小松亭 東町店は43年もの間、八王子で"腹がへった連中"のことを満たしてきたのだ。あえて口汚く言ってみたがこの2店は何だかこう言った方がしっくりくる気がする。

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男は「小松(亭)といえばオムライスでしょ」と店先のサンプルの写真を撮った。それぞれの人にそれぞれの愛され方をしてきた店。これからはそれぞれの心の中で生き続けることだろう。

店名:小松亭 東町店
住所:東京都八王子市東町13-12
営業時間:11:15~20:30
定休日:水曜日